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The Resident Patient
私の友シャーロック・ホームズ独特な人格をよく出しているお話をしようと思って、たくさんの私の記憶をさがす時、私はいつもあらゆる方面から私の目的に添うような話をさがし出そうとして苦労するのである。
なぜなら、ホームズがその心理解剖に全力を注いだと思われるような事件、あるいはまた犯罪捜査に特別な方法を見せたと思われような事件は、事実において、みなさんにお話してもつまらないだろうと思われるような簡単な普通な事件が多いのだ。
またその反対に、事件がかなり特異なもので劇的なものを彼が捜査した場合もあるのだが、そうした時にはしばしば、彼は彼の伝記作者として私が話してほしいと思っているにもかかわらず、何も話してくれなかったのである。
私が『真紅の研究』と題して集めた小事件、またグロリア・スコット号の消失事件と共にあつめてあるもの、そうしたものは、彼の研究を永遠に悩ますであろう所の彼の両面、――シルラと渦巻(訳者註――イタリーのメッシナ海峡にはシルラと称する六頭の怪物と大渦巻とありて、その海峡をすぐる船はその二つのうち、いずれかの一つに必ず捕われたりと云う)――の好見本である。
――ところでこれからお話しようと思っている事件については、実はホームズはそれほど充分に活躍してはいないのだ。
が、しかもなお、その事件のすべてのつながりは、彼の伝記的物語から、これを除外することがどうしても出来ないほど、特異なものなのである。
それは十月の陰鬱な雨の日であった。私達は鎧戸を半分とざして、ホームズはソファの上に
私は、ホームズがしゃべりすぎていると云うことが分かったので、無味乾燥な新聞を
「君の云う通りだよ、ワトソン」
彼は云った。
「それはこの問題を解決するのには、ちと無理な方法のようだね」
「最も不自然な方法だよ」
私は叫んだ。が、その時、私は、彼が私の心の一番奥にあるものをちゃんと感じていると云うことに気がついたので、私は椅子の上に起き直り、思わず驚きの目を見張って彼を見詰めた。
「どうしたと云うんだいホームズ?」
私は云った。
「僕は思いもよらなかったよ、こんなことは……」
彼は私の驚愕を見て心から笑った。
「君は、僕が、もうだいぶ前に、ポーの書いた写生文の一つの中にある一節を、読んだことを覚えてるだろう。あの中に、用意周到な推論者が、その友達の腹の中の考えを見抜いてそれに従う所が書いてあったが、この場合もそれと同じことなんだ。――僕に云わせれば、僕は君が怪しいと疑っているような癖がいつもあるんだよ」
「いや、そんなことはないよ」
「たぶん、これは君の言葉からじゃなくって、君の目つきから気づいたことなんだろうと思うのだけど、ワトソン君。――君は今新聞をほうりなげて、何か考え出したろう。それを見た時、僕はそれに気がつくことが出来たんだ。そして結局君の意見に同意することになったんだよ」
けれども私はまだ満足しなかった。
「今、君は、ある推理家が、彼が注意して見守っている一人の男の動作から、彼の結論を引き出したと云う例をひいていたね。もし僕の記憶に間違いがないとしたら、たぶんその場合には、その相手の男は石につまずいたり、星を眺めたり何かそんなことをしたはずだ。ところが僕は静かに僕の椅子に腰かけていたのだけれど、でも、何か手がかりになるようなものを、君にあげることが出来たのかしら?」
「君は故意にゆがめて考えているよ。――一体人間の顔と云うものは、感情を現わす道具として人間に与えられたものなんだ。そのうちでも君の顔なんかは、最もよく感情を現わす顔なんだよ」
「と云うと、つまり君は、僕の顔から僕の思索の筋みちを読んだと云うわけなんだね」
「そうだ、君の顔から、と云うよりも特に君の目からだ。――君はどんな風にして君の瞑想が始まったか、もう一度思い出してくれることは出来ないかしら?」
「そうだね、出来ないなあ」
「それなら君に話して上げよう。――君は、新聞をほうりなげてから、――実を云えば君がそうしたからこそ、僕は君に注意したのではあるが、――ぽかんとしたような表情をして、しばらく坐っていた。その時君の
「実に君は気味の悪いように僕の気持ちをよく見といたんだね」
私は叫んだ。
「迷うことなくハッキリ分かったよ。――いいかね、それから君の考えはまたビーチャーに戻って来た。そして君はビーチャーの性格を研究でもするかのように、じっと熱心にそれを見詰め出したろう。がやがて君は目をすぼめるのをやめにした。しかし君は依然としてその肖像画を眺めつづけていたが、その時の君の顔は何かものを考え耽ってる顔つきだった。――君はビーチャーの生涯におきたいろいろな出来事を思い起していたに違いないんだ。僕には、君が、ビーチャーがあの革命戦争の時、北方の利益のために企てた使命のことを考えていたと云うことが、確かに分かってるんだよ。なぜなら君はいつだったか、彼が我々国民の動乱を蒙らされたと云うことについて、ひどく
「全くその通りだ」
私は云った。
「君にそう説明されてみると、僕は実際前の時と同様、驚かされるね」
「ワトソン君、それは表面だけのことだよ。もし君がこの間、君の注意深い所を見せてくれなかったら、僕はおそらく君の注意の動きなんかに目をつけやしなかったろう。――それはそうと、夕方になったら、少し風が出て来たらしいね。どうかね、ロンドン中をぶらつくのは?」
私はその狭い部屋に疲れていたので、喜んでそれに同意した。私たちは三時間ばかり、一しょに、フリート・ストリートや川の岸などを、さまざまな生活相を眺めながらぶらついて廻った。ホームズの細かい鋭い観察力を持った、そしてまた推理の深い力を持った独特な話は、私を楽ませ少しも飽きさせなかった。そうして私たちがベーカー街に帰って来たのは十時すぎだった。――と、入口のそとに一台の一頭だての箱馬車がとまっていた。
「ふうん、――分かった」
と、ホームズは云った。
「医者、――内科も外科もやる開業医の馬車らしいな。ちょっと調べてみたまえ。――きっと何か相談にやって来たに違いないよ。いい所へ帰って来たね」
私はホームズがそう推定したことについて、話し合った。そしてその馬車の内側に、ランプの光りの中にかけられてあった
私はそんな時間に、私の仲間の医者を、ホームズの所へ寄越した事件と云うのはどんな事件なのだろうと、ある好奇心を以って、ホームズのあとから私たちの居間に這入っていった。
私たちが這入って行くと、火の
「よくいらっしゃいました。先生」
とホームズは、気軽に云った。
「あまりお待たせしなかったようで、幸いでした」
「別当におききになりましたか?」
「いや、サイド・テエブルの上の蝋燭を見れば分かります。――まあ、どうぞ、おかけ下さい。――どんな事が起きましたかな」
「私は医者のペルシー・トレベリアンと申すものです」
と私たちの訪問客は云った。
アーサー・コナン・ドイル「入院患者」 | by 青空文庫
青空文庫さんの文章にはルビ(ふり仮名)がついているので、ルビ前後の改行が若干均等になりませんが、
テンプレートを使う方はあまりルビは使わないと思うので気になさらずに。